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福岡家庭裁判所小倉支部 昭和54年(少)1667号 決定 1979年7月17日

少年 N・S(昭和三五・八・二五・生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

一、非行事実

少年は、東京都目黒区○○○×丁目×番××号○○合金株式会社に工員として住込み稼働していたものであるが、常日頃からの賄婦のA子(当六三歳)から口うるさくいわれることを馬鹿にされていると思い込み、同女に対する忿満やるかたなく、ついには同女を殺害してこの意趣をはらそうと考えるに至り、昭和五四年六月四日午前七時ころ、同社二階炊事場内において、同女の背後からやにわに文化庖丁でその背後を突き刺したところ庖丁が曲がつてその目的を果たせず、その場に倒れた同女の頸部を両手指にて絞めつけ更に浴場に同女を運び同手段にて首を絞めつけるなどして扼頸により窒息死に至らしめ、もつて殺害したものである。

二、法令の適用

刑法一九九条

三、処遇決定の理由

1  本件は、結果は極めて重大であり、然も犯行の動機には甚だ無気味なものがあり、犯行の態様も残虐そのものであり、且又新聞紙上を賑わせた事件であるなど、厳しく刑事責任を問うべき事案と考えられなくはない。然し、少年は精神薄弱者(痴愚級乃至魯鈍級)である上、分裂病質者であり、接枝分裂病の疑いも拭いきれないものがあるとされるなど、刑事責任能力の点で疑問を感じさせるものがあり社会感情、被害者の親族の感情を配慮してみても検察官送致相当とは考えられず、寧ろ保護処分による治療教育の効果に期待するのを相当とする事案と考える。

2  少年を今直ちに在宅処遇することは、事案の重大性社会感情等からして採用できない。もし仮にそれが許されるとしても、上記の少年の資質、病状からすると不安が大きく、相当期間施設処遇に頼らざるを得ない。又少年には実父母があるが、ともに低格者である上、父は精神病質者のようであり、然も少年を厄介視しており、従来から少年自身父母方を嫌い避けていたという状態であり、在宅処遇は当面考慮の外に置く外はない。

3  少年を診察した精神科医(○○○○)は頭初接枝分裂病の疑いが強いとの意見であつたが、その後分裂病と断定するに足る所見が得られないとしてこの点に関する結論を留保し暫定的な診断として分裂病質という判定を下すに到つている。

以上の通り分裂病の疑いが捨てきれない状態からすれば、当然精神病院乃至医療少年院に収容するという方法が考えられる、然し精神科医によれば現在のところ急迫した症状を呈する恐れは余りなく、直ちに医療施設に収容する必要性は乏しいとのことであるので、医療施設への収容は暫く保留し、当面、精神薄弱者の処遇を専門とする少年院に収容し、特殊教育を施しつつ経過を視察し、もし分裂病の症状が発現した場合、その段階で医療施設への収容を考えても、決して遅きに失することはないものと考えられる。

少年は読書、書字の能力が殆んどなく、その劣等感が「苦渋に満ちた自閉状態」を形成する大きな要因となつているものと認められ、それが自殺念慮にまで進みそれが更に反転して自殺に代る他殺行為となつたのが本件犯行であると解せらる。少年の知的能力は甚だ「いびつ」であるが、これは、ひとつには特殊教育を受ける機会が得られず読書、書字の能力が開発されなかつたことに原因があるものと認められ、少年院の教育によつて或程度の読書、書字能力を付与することは決して期待できないことではないと考えられる。それが実現できたとするならば、少年の劣等感のかなりの部分を解消することができ、自閉状態の緩和も相当程度期待できるのではないかと考えられる。

この特殊教育については精神病院は全く無力であり、医療少年院にも多くは期待できない。

以上の諸点から特殊教育の効果に期待し、少年を相当期間精神薄弱者の処遇を専門とする少年院に収容するのを相当と認め、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 助川武夫)

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